退職エントリー。最高で最愛の会社を卒業します。

2019年1月末日をもって、株式会社トライバルメディアハウスを卒業し、次の道へ進むことを決めました。

最終出社日に社員の皆さんにご挨拶をさせていただいたものの、挨拶できなかった方々がいらっしゃるのと、

きちんと周りの人に説明できていないかと思い、そして何より自分自身の整理のためにも

入社に至るところから、卒業を決断に至るまでブログにまとめていきます。

 

いい風に取り繕って書くつもりはありません。

 

突然辞めた身なのに、お前ふざけんな!って思う方がいるかもしれません。

社会人になる前の友達や出会った人からしたら、お前そんな感じになってたの?ってなるかもしれません。

ですが、嘘偽りなく、真面目に、やっぱり感謝を込めて書こうと思っています。

 

 

 

まず前提というか、これだけがこのブログでお伝えしたいことですが、

トライバルは僕にとってすごくいい会社で、新卒入社でこの会社に入ってよかったと心から思っています。

お世話になった社員の皆さんには言葉にできないくらい感謝しております。

挨拶できなかった方、本当にごめんなさい。

挨拶したけど、うまくお伝えできなかった方、本当にごめんなさい。

本当に辞める奴が何言ってんのって怒られるかもしれませんが、やっぱり、僕からは感謝です。

多々ご迷惑をおかけしたかと思いますが、僕と一緒に仕事をしてくださってありがとうございました。

じゃあなんで辞めるん?って話の前に、やってきたことをざっくり整理していきます。

 

 

長いです。3000字越えてきます。誰が読むんだろ…

 

 

 

さて。

まずは社員さん以外の方々向けに超ざっくり会社紹介。

株式会社トライバルメディアハウスは、設立10年を超えるIT激アツカンパニー。

https://www.tribalmedia.co.jp/about/

 

内定式まで出席した会社でインターン中にがっつり挫折して、住む家がなくなったり、大学卒業が危ぶまれたり、

割と絶望状態の時に、高校の友人の紹介でふらっと受けにいきました。

SNS支援が強い会社なんだなーって思っていたのですが、ワクワクした未来を作る、ってところに共感したのと

本当に顧客を大事にしていて、本質的な商売をしていることが伝わり、入社試験を受けました。

採用していただけて嬉しかったです。

 

入社してすぐ、卒業旅行時に応募していた『あいのり』の選考があれよあれよと進み、

いよいよ休職か仕事辞めるかってなったけど、それでも行きたい!って言った時も応援してくれた、ありがたい会社です。

(結局あいのりは落ちちゃったけど)(あいのり出たかったけど)

 

 

最初にやったお仕事は、日本が誇るスポーツメーカーさんのSNS広告出稿で、自分の仕事が世に出て

すごい数の方々に見てもらえたことにえらく感動したなぁ。

そして卒業するまで、ずっとお付き合いさせていただくクライアントになり、一番お世話になりました。

今でもとっても大好きなブランドです。

 

その後は、

・最高のエンタメ企業さんのレポート作成サポートだったり、

(初めてのプロジェクト打ち上げ飲みが最高だった)

・最高の自動車メーカーさんのTwitterキャンペーンの広告とレポートだったり、

(期待された仕事が全然できずに先輩にボロカス怒られて、めちゃくちゃ凹んだ)

・最高のスーツ屋さんプロジェクト進行見習いやったり

(最初に顔あわせでマテ茶持ってった)

・最高のゲーム会社さんのレポート作成したり

(オフ会のアツさにオドロキ。引き継ぎしんどかったけど)

 

…ってのが一年目だったのか。あんま仕事してないと思ったけど、

SNSの広告代理に始まり、運用コンサル、レポート作成、PRイベント、いろいろやってたんだぁ。

 

いい案件に恵まれました、本当に。

誰もが知っているようなでっかい会社さんばかりで、新卒で仕事任せてもらえて、誇りに思っていました。

 

いい上司について、いい案件を振っていただいて、こんないい環境他にない。

 

年末にはスポーツメーカーさんのお仕事が会社のベストプロジェクトに選んでもらって、僕は完全に棚からぼた餅でしたが、

銀座の最高に美味いもん食えて幸せだったです。

でも、その高級レストランの美食よりも、その時一番お世話になっていた先輩が流した涙が何より美しく

一生懸命やり続けたら、きっと報われる時が来るんだと。僕もがんばろって思えた瞬間でした。

 

でも。でも。同時に、なんか違うな、って違和感が前からあって、

マーケティングは面白いし、楽しさもあるんだけど、仕事が全然上達しないし、できないことだらけだし

向いてないのかなぁ、って新卒ならではの悩みも抱えていました。

しんどいのはどんな仕事でもあると思うんだけど、本質的なことを学び、実践しようとしているけど

能力が追いついていなくて、できないもどかしさと

途中から、自分の頭で考えることができなくなっていて、

根気強く教え続けられていたのに「仕事の意味付け」もできなくなっていたのが1年目のラストかな。

 

 

んで、2年目始まってすぐ、今度は「移住します!」って言って、会社を辞めようとしていました。

結構本気で。大学時代に読んだ本の生き方に憧れて。

でも、自分で稼いで生きていける気もせず、奨学金の返済などお金の問題にチキり、

様々な人に相談に乗っていただいた結果

トライバルでできることがある。まだ学びたいことがある、と思い直し

会社の人、移住先の人に本気で謝って会社を続けることにしました。

続けると決めたからには一生懸命頑張って会社に貢献しますと宣言して。

 

その時も本当に関係者の皆様には多大なるご迷惑をおかけいたしました。

 

 

 

で。

引き続き、大好きなスポーツメーカーに力入れつつ、

会社の花形的なプロジェクトにアサインされて、いろいろ頑張りつつ

やりたかったコミュニティ的な仕事で、会社の新ツールを使った提案で初受注しつつ、

さらに超ワクワクする仕事を創ろうと大将軍監修で、新しい提案書を作ったり、

仕事に邁進していました。

さらに一方で、コミュニティというテーマで、グリーンズの学校という社外勉強会にも参加し、

一年目に続き、マーケティングやビジネス書を読み続け、“仕事”に没頭していました。

周りから見たら順風満帆だったらしいです。

 

相変わらず、受注前には先輩にバチクソにダメ出しされたり、企画がしょぼかったり、自分の仕事に納得できないことだらけでしんどかったけど

どの仕事も先輩に助けられながら、自分一人でできたことはほとんどなかったけど

 

クっっっっっっソ楽しかった。

 

 

前期納会で表彰された時

今までずっと助けてくれた先輩たちにちょっとは恩返しできたのかと思うとめちゃくちゃ嬉しかった。

 

 

でも、やっぱり、1回目に辞めようとしていた時に感じていた違和感が消えることはなく、

かつ、しんどいと思うことも次第に多くなり、

それは、自分にできないことが積み重なっていたり、後輩の面倒が全然見れなかったり、

できてたと思っていたことが、できなくなっていたり、クライアントに刺されまくったり。

頑張っても頑張っても、案件消えるんじゃないかと不安で不安で。

だから思考がマイナスになって、周りにも悪影響を及ぼしていたんんだろうなぁと。

仕事に注力していた分、仕事と並行してプライベートでがんばろうと思っていたCASACOプロジェクトに関わりきれなかったり

友達の結婚式に出られなかったことも、

なんかこの生き方が自分がしたいものではないと思いが強くなった次第です。

 

 

そうこうしているうちに、ある日身体壊して、突如おやすみいただくことになって

一人でゆっくり考えたり、いろんな人に会いに行って、たくさん話した結果、辞める決意をしました。

 

 

正直いうと、一番大変だったけど、一番面白い仕事をやりきることができず、悔しい思いは消えません。

どのプロジェクトもクライアントのみなさまはもちろんのこと、

他の社員さんに多大なるご迷惑をおかけし、謝っても謝りきれません。

そして、それを挽回せぬまま、トライバルを去る選択が果たして良いのだろうか、自問自答の日々。

 

結局、いつも通り、大事なところ、あと一歩のところで頑張りきれない自分、逃げ癖のついた自分、

全部、できないことの言い訳をしてるんじゃないのかなって。何度失敗しても大学の時からまるで進歩がない。

 

 

でも結局、このタイミングで、この状況でもやりたいと思ったことを

やってみようと、そう思ったのです。

 

そして、そのやりたいと思ったことが…

 

 

 

 

 

 

 

整体師

 

はい、玉腰は、2019年2月1日から整体師になるべく、動き出しました。

 

 

トンガでの青年海外協力隊含む、大学での学びはというか気づきは、

やっぱり僕は、会社を大きくするとか、成長して視座をあげて、多くの人の役に立つというよりは

まずは、目の前の人の役に立てる人間になりたいということ。影響力は小さくていい。

たまたま会った人かもしれないけど、その偶然の出会い、繋がり、ご縁を大事にしたいと

そう思ったのです。

そしてできることならば、『健康』をテーマにして、人々の健康に寄与していきたい。

今このタイミングで、医学部とか心理学部とか行く金銭的余裕はなかったし、

できることを着々と地に足つけてやっていこうと、その一歩が整体師だったのです。

 

ついでにお伝えしておくと、もう一回、今度は長期で青年海外協力隊行きたいという想いもある。

 

 

親や友人には心配されるし、26歳にもなってまだフラフラしてんの?絶対結婚できないよね。とか言われるけど

(結婚が幸せのすべてだとはつゆとも思っていない)

嬉しい誤算として、

なんかうまくやっていける気がしてしまったというか、なんだかんだ幸せに生きていける確信ができました。

 

 

 

26歳にもなって、ますます言い訳はできないし、当たり前だけど、自己責任で生きていかなきゃならないらしい。

これだけお世話になったトライバルに背を向けて、新たな一歩を踏み出すわけだし、

(それでも、また会おう、飲みにいこうと言ってくれるトライバルの方々は本当に人間できた人たちで、最愛です。社交辞令だとしても、本当に嬉しかったです。)

 

もう逃げない!とは約束できないけれども

 

全世界の国民総幸福量をあげることを目指し、前を向いて進み続けて、山の頂で池田社長と笑って会えるように。

その時、トライバルや今まで僕に関わってくれた人に恩返しができるように。

それまでは、僕の周囲の人たちに恩を廻して生きていこうと思います。

 

 

結局、4000字オーバー。長文失礼いたしました。

 

そして、本当にありがとうございました。

 

玉腰純

 

 

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